答礼市松「MISS福島」帰国

このほど、ミス福島の所有者で、大変日本通で日本文化の教授でもあり熱心な人形コレクターでもある Alan Scott Pate さん(在モンタナ州)から当館にミス福島の着物のお直しのオファーをいただきました。
さらにご厚意によりHPへのアップと期間限定の展示のお許しを頂きました。
当館から遠方の方にもご覧いただけるように細部にわたって発表できることになりました。
お近くの方は是非この機会に巣鴨にて答礼人形の実物とお道具を記憶に留められてみられてはいかがでしょうか。

昭和二年の春、日本の雛祭り(3月)に間に合うようにとアメリカの子供270万人の寄付から贈られた12739体もの1フィート5インチの青い目のコンポジションドール。 そしてその答礼にとアメリカのクリスマスに間に会うようにと計画された答礼市松。
11月10日横浜、天洋丸の船出し(サンフランシスコ着25日)まで、第一回目の会議が開かれたのが同年4月(または5月とも)ですし、東京百貨店協会への発注が7月ですから実質6ヵ月弱です。 その短い間に日本の女児250万人から一人一銭の寄付を集め、三折れ、二尺五寸以上の人形、五つ紋付正装の着物、長襦袢、白足袋、本金丸帯、傘、箪笥、鏡台、針箱、長持、茶道具一式、ぽっくり、草履、雪洞、日傘、茶びつと日本茶セット、などを1体350円の予算で製作。 人形コンテストを開き、応募作品100余体から51体を選出、作品をいったん各都道府県に送り送別会を行い10月には戻すという、かなり厳しいスケジュールの中製作されたのが答礼市松人形です。
総数58体、7体は京都、大木平蔵商店に依頼、木彫りで、扇を持てるように右手を丸く握っています。 51体は東京の人形師が渾身の力作を競いました、桐塑、胡粉です。 入選作家については諸説があり名前が上がっているだけでも、光龍齊、郷陽、陽光、松乾斎、錦正、徳久、瑞観、明豊、大観、林重松、龍壽、秀徳、松月、東光斎、光幸、松亭、木村勝陽、岩田仁助、関口康二、篠原新作、とはっきりしません。入選作品は1体50円の賞金でした。 これに高島屋を中心としたデパートが着物やお道具を製作、上下続きの洋風下着を着せ、白足袋を履かせ、皇后様の着付けをされておられた遠藤波津子が着物を着付けて完成させました。

58体の全てのお人形にはスタンダードとしてこの様なお道具が持たされました。又、一旦各地に送られた人形には、地元特産のお道具などが加えられることもありました。 しかし80年の間にこの子(光龍齊作、福島絹子さんといいます)の 帯揚げ、帯〆、箱せこ、羽箒、茶びつ、等は紛失しており見当たりませんでした。

今回当館に届けられた一式 →こちら

東京の51体の元になった人形生地は光龍齊の木型から提供され、生地師、小林岩四郎により200体ほど作られ人形師に提供されたといいます。

応募数100体ほどの答礼市松の中で一番入賞作品が多いのはこの滝沢豊太郎(二代光龍齊)の作品と言われています。
実測で約82Cmありました。(二尺五寸)

着物は縮緬、五つ紋、白足袋の正装です。バラの花の刺繍の半襟、緑地に刺繍で彩られた貝、たなびく霞、細い線は背中のくす球から伸びて全体に流れる七色の糸です。

紋は「上り藤」しかしお道具の紋は全て「九曜」です

ミス福島はミス福島ではない→こちら


アメリカに贈るということで日本人形に上下つなぎのコンポジションという洋風下着が着せられました。後ろでボタン留めです。この後、このコンポジションは郷陽の市松人形には度々登場することになります。三つ折れは二箇所にジョイントがあるため足長になり現代の若い人のように大変スタイリッシュになります。
通常の三つ折と異なり、答礼市松は膝と太腿はちょう番と三本のゴムひもで繋がれています。

アメリカにおいてテープで応急的に補修された足の横のヒビ割れ。


手の甲と平。5〜6才女児をモデルに作られたといいますが、手はかなり大人っぽい作りです。
背中のボタンをはずしますと、「THE TOKYO DOLL WHOLSALE TRADER’S ASSOCATION」「東京雛人形卸商組合」 「光龍齊作」とあります。
この白足袋は大相撲の力士の足袋職人に依頼しました。市松人形の白足袋はこの時から始まります。着物の貝と霞、くすだまの糸模様が見えます。そして畳の目、縁とも通常の三分の一ほどで、これも特注でしょう。
「福島縣 MISSHUKUSHIMA」 と徽章に刻まれています。

お針箱と鏡一式

銅の鏡

鏡の裏側、鶴に松竹と梅(?)

箪笥

長持

狭箱、ひもの飾り結びがとれてしまっています。

日傘 紋白蝶と牡丹の図 「福島けん」のデザイン文字

ぽっくりと草履、 裏に「高島屋」の商標

日本茶のセット

茶道のお道具一式

台子(組み立て式)

茶事のパンフレット
「Japanese Children and Doll’s Tea-Parties」 とあり内側には少女が茶道と日本茶を楽しむ絵があります。

雪洞 絵は桜です

錫製の花瓶 つがいの鴛鴦
巻紙に筆でかかれた日本の子供からの手紙(この手紙に福島絹子さんとあります)

→ 本文はこちら


硬く厚い皮でできた移送用のトランク。長辺を23個、短辺を10個前後の鋲でしっかりと鉄板を止めてあります。さらに角々は鉄板を丸く加工したガードで三層に鋲で止めてありとても頑丈な作りです。58体の人形がこの箱に収められて渡米しました。
トランクの上面に重ねて何段にも張られた80年前の送り状。一番下には日本語の送り状が残っていますが文字はまったく判読できません。

→トランクの送り状文はこちら

[参考文献]



―今回、当館に届けられたmiss福島関連品一覧

人形 一体(福島絹子 約82Cm 二尺七寸 作者:光龍齊)
トランク 一台(鉄製 W90Cm×D35×H23)
人形立台 一台(基礎木製たたみ張りW38×D30×H5・鉄柱H67,5Cm)      

日本からの手紙・茶会の英文パンフ 各一
抹茶茶碗 ×1
扇子 一本
ビラ簪 一本
帯・着物・白足袋 各一
雪洞 一対
日傘 一本
箪笥 一竿
長持 一竿
侠箱 一対(ぬり棒一対つき)
鏡箪笥 一竿
鏡台 一
鏡丸箱 一
鏡(銅)一
針箱 一
花瓶 一
ぽっくり 一足
ぞうり 一足
茶釜(錫製)×1
風炉 ×1 
水指 ×1
茶筒 ×1
茶壷(錫製)×1
茶筅 ×1
台子 ×1(組み立て式)
金屏風 ×1
建水 ×1
花入(錫製)×1
蓋置(錫製)×1
ふくさ ×1
茶巾 ×1
ひしゃく ×1
ひしゃく立 ×1
茶さじ ×1
棗 ×1
急須 ×1
湯のみ茶碗 ×5
茶たく ×5
湯冷まし ×1
墨入れ ×1
火箸 ×1

※帯揚げ、帯〆、羽箒、茶びつ、箱せこ、などは
紛失のためかありませんでした。

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ミス福島はミス福島ではない?

アメリカに渡った答礼市松は何体かごとのグループにわかれ全米各地を巡業して廻りました。その間にお道具と共に飾られたり、又、しまわれたりするうちに漢字の読めないアメリカの人々にお道具と台と人形が取り違われ、そのまま現在に至っているケースがかなり見受けられます。ミス福島もその典型のひとつでしょう。

お道具の紋は全て「九曜」ですし、日傘には「福島けん」のデザイン文字まで見られ、台座の徽章も「福島懸」です。しかしこの子のご紋は「上がり藤」です。高岡美知子先生の著書「人形大使―もうひとつの日米現代史」(日経BP社刊)によりますと、福島民友新聞 昭和二年十月二十三日の記事にはミス福島は「蜜柑茶の縮緬の袷に薄小豆の長襦袢」とありますが、この子は「綺麗な緑の縮緬袷に深紅の襦袢」です。又、十月十二日の福島民報 には「美しい唐草模様」とありますがこの子の着物は「貝と霞に、くす球の糸」です。さらに先生がデラウェアで見られた写真には福島民報記載の模様に「九曜の紋」の人形がミス樺太など三体とともに、台座の徽章もはっきり「福島懸」と見えるほど大きく写っていたそうです。では「上り藤」のこの子はミス何県なのでしょうか 本物のミス福島はどこに行ってしまったのでしょうか。

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―日本の子供からの手紙―

比の前あなたの國と私の國
との平和のお使ひにアメリカ
生まれのお人形さんがいらつし
やいました 私達はもう大事
に大事にして毎日だいてゐます
金色の髪の毛青いお目め眞
赤なくちびるふくふくした足
私達はたゞ「可愛い可愛い」と口
に出すばかりですそして時
時美しい聲で「マヽ」となかれ
ると涙が出る程でございます
私の方からも福島絹子さん
があなたの國へ参る事にな
りました絹子さんは私達
が一番うれしい時に着る着
物を着てゐますそして絹
子さんの持物も皆私達少
女のうれしい物ですあな
た達は比の絹子さんを
私達のやうに思って可
愛がつて下さる事を信
じて居ります絹子さんは
日本をはなれて廣い廣い海
を渡つてあなたのお國へ参
り「日本のやうすをあちらの
皆さん方にお話します」と言
つて樂しんで居ります私
達は絹子さんに「アメリカ
に行つたら我まゝをしては
いけませんよ」とよく教へ
ておきました私達は青い
ひとみのお人形さんと黒い
ひとみの人形とが仲よくな
るのが何よりうれしゆうご
ざいます私達は絹子さん
にお願ひして皆々様の幸
福をお祈りします

  昭和二年十月二十四日
     櫻咲く日本の
         子供より

おなつかしい
アメリカの皆様へ

巻き紙に墨と筆で書かれています。
この手紙には署名や封筒はありませんでしたが
書き手は「沼崎八重」さんとおっしゃる方だそうです。

「福島民友新聞」昭和二年十月二十五日夕刊

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―人形トランクの「送り状」に判読可能な文字―

◇マーク → 判読不明の文字

※角型の送り状に中の破れた送り状が張ってあります。何度か往復したのでしょうか。
そして送り状の一番下には漢字の文字がかろうじて見えますが、判読はできませんでした。

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